昭和初期の旧店舗 宮内省御用の時に撮影したものです。

写真の人物は、10代目高野作重(故人)

高野屋の歴史

■高野屋の歴史
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長崎県庁通りに位置する弊社『高野屋』は、現在もからすみ一筋に営んでいます。
高野家は熊本県八代の出身で長崎に移住して来たのが、出島埋立工事の際(1620年頃)とのこと、その当時、八代からの移住の方がかなり多かったらしく、創業者の勇助はその中の一人だったとのことです。

そこから、承応年間(1655年頃)に伝来された『からすみ』の製造を始める前は万屋町にて魚屋として開業、その場所近辺が街を中心とした魚市場(船着場)であったことと、『からすみ』を製造され始めた当時は冬季(11月~12月)の季節物だった為に多種のものを販売していたのだと思われます。
本下町(現在の築町)には明治初期、移転しました。現社長、高野昌明は十三代目(上記写真右)にあたります。上記写真の左は現在の場所より数十メートル西に位置した店舗(昭和初期)のものと思われます。
移っている人物は昌明の祖父、十代目の作重です。

takanoyaime08■宮内省御用品

正徳2年(1712年)より長崎奉行を通じ、宮中及び将軍家の御用品として献上されてきた『か らすみ』は食通の愛用品としてその後の名声を博しました。

下記の写真は昭和19年まで続 けられていた宮内省への御用品としての貴重な記録です。takanoyaime06